■経過■難聴の患者様

前回投稿した難聴の患者様の経過をご報告します。

補聴器を幾つも使ってきて

これ迄に何台買ったことか。

今の補聴器もつけてもつけなくても同じ。

聞こえない、、、 。

それが

補聴器をつけたらはっきり聞こえるようになって嬉しい‼️

補聴器は何度も交換していて

調整もその都度してきたのに。

YNSAを開始してから

補聴器が無くてもある程度聞き取れるようになり、

補聴器をつけたらはっきり聞こえるようになったそう。

90歳も近くなり

歳のせいだからと諦めていた患者様。

本当に喜んでおられました。

良かったですね‼️

友だち追加

■症例報告■重度の難聴の患者様

ナチュラルスタイルの高原です。

これから少しずつ症例のご報告を再開したいと思います。Facebookでご報告をしていましたが止めてしまったので、こちらのブログから発信しますね。

今回は80代女性で両耳の重度な難聴の患者様からご相談がありました。

もう長い間難聴で悩んでいて

これまであちこちの病院に行っては、高齢で回復の見込は無いと言われ続け諦めていたそうです。ここ最近は更に症状が悪化してしているらしく、補聴器を付けても殆ど聞こえないようになっているとの事でした。

治療は
YNSA(山元式新頭針療法)で対応。

先ずは検査後に反応側に対する鍼を打って声を掛けました。

『○○さん聞こえますか?』

いつもなら聞こえない声が聞こえて、

患者様は

『え‼️さっきより聞こえます‼️こんなに早く効くんですか!』

と驚き、お互いに拍手(笑)

続けて左耳の方も加えて声を掛けると、

『嘘でしょ‼️聞こえやすくなってます‼️嬉しい‼️』と。

患者様に回復の光が差した事を非常に良い笑顔で笑って喜んでいました。

その様子を見た私も同じように心から嬉しかったです。

まだ治療は始まった所です。
一緒に頑張りましょう‼️

友だち追加

■ 東京都世田谷区 ■ 肩部痛の患者様とのお話

何気ない動作で肩を傷められ挙上不全の患者様がいます。

ご高齢になると関節を保護する筋や腱といった軟部組織はとても弱くなっているので、本人は何とも思わない動作で気が付いたら傷めている、ということは少なくありません。

患者様は治療の継続で順調に回復が進んでいて

ある日のこと

「先生、昨晩は夜に痛くて痛くて辛かった」

そう言うのです。

確認すると、

患肢の肩関節は上腕骨頭がやや前方で肩関節が内旋しています。一言で言うと亜脱臼しているわけです。

肩関節は腱板という筋により関節を保護されているわけですが、高齢でお痩せになり組織が弱化していると関節は不安定で些細な事で上腕骨頭が関節からずれてしまいます。

検査を進めると、

前腕が回内し肘関節は屈曲位で抵抗が

そして上腕や頚部、肩甲間部や腰部にいつもにない緊張があるので、

一定時間肘を曲げて下を向いた姿勢で物を持つか作業をしたかな?と想像し

患者様へ、(上記から)何かしましたか?と聞くと

「いや〰️実は雑巾を1枚縫いましてね!」

「先生〰️には直ぐバレますね!」

と。

私は問題のある箇所を鍼灸とオステオパシーで調整後に肩関節を整復。

すると痛みが楽になり関節可動域も拡大しました。

「あらー嬉しいわ!」と患者様。

お互いに笑っていると、、、

「いやー先生ね、、」

「調子が良くなったので私も何か出来ないかと思って

世話になっている娘のために

何か喜んで貰える事はないかと、、、。」

「私には雑巾くらいしか縫えないから

ちょっと気張って(頑張って)縫いました!」

「雑巾じゃ娘も喜ばないだろうし止めとこうかな。」

それを聞いて私は、

「娘様はとてもとても喜んでいると思いますよ。それと同時に感謝しきれないと考えておられます。何かをしてあげたいと娘様はいつも考えておられるでしょうね。それもあって私もご縁をいただいて来ているわけで、、。」

「いつも娘様はお母さんには感謝していて、お母さんのそういうお気持ちをとっても喜んでおられますから、今回の事も何にも気にしないでください。」

お互いに温かい気持ちが伝わってくるご家族様で、お話をうかがうと私も同じようにとても嬉しく感じます。

内心ジーンとなって涙が出そうになりました。

患者様の話は更に深くなり、、、

「主人との出会いがあって娘を授かって、もし一つでも道が違ったら主人とも出会えていないしむすめも授かっていないわけですから、、」と

ご家族様の大切なお母さん。

それは私にとっても同じく大切な存在です。

私にどれ程の事ができているかは自身では分かりませんが

患者様のお話や嬉しそうな笑顔を見ると

幸せな時間を過ごすお役に立てているかな?

患者様へは

「私が責任を持って診るので何も心配しないでくださいね」と

ご家族様へも「状態から続けるとまた傷める可能性があります。でもまた痛くなるからやらないで!と制限するのではなく、やれる事を残してあげましょう。再発しないように私が状態管理しますから、温かく見守りましょう。」と伝えました。

ご家族様は「そうですね。私共もそうしてあげようと思っています。それが○○(患者様)の良さなので。」

雑巾一枚

患者様は何時間かけてどういう想いで針を通していたことでしょう。

考えるだけで心が温かくなります。

そんな患者様やそのご家族様にもっと喜んでいただけるように

私はこれからもひたすら努めたい。

ご縁をありがとうございます。

友だち追加

コスモス園 in亀岡

京都府亀岡市は自然が豊かな町です。

都会の田舎と言うと語弊があるかも知れませんが、京都市内から近く、大阪市内からも1時間もあれば行ける私にとって癒しの町です。

私は仕事で非常に混雑する東京や大阪を移動しているので、こう亀岡のように空気が綺麗で落ち着いた町に足を運ぶ事が多いですね。

温泉あり

名酒ありですが、。

今回はコスモスを満喫しました。

亀岡

素敵ですよ。

友だち追加

第6回YNSA学会全国大会

平成30年10月

所属しているYNSA学会の全国大会に参加しました。

会員の先生方が臨床でYNSAを実践した効果を発表して下さり、非常に興味深い内容ばかりでたいへん勉強になりました。

終盤には山元先生の治療のデモを見ることができ、体験者4名は数本の鍼で驚くほどの結果が!

体験者はあっという間の出来事で何が起こったのか驚きを隠せない表情でした。

私も受けたことがありますが、オーラが違います。

山元先生は普段は豊かな表情で笑っておられますが、治療に入ったら目が変わるのがとても印象的です。

一人ひとり真剣に触診し鍼1本にエネルギーを注ぐ、、。

その姿を見ると誰もが引き込まれます。

今回の学びを持ち帰り、また明日から患者様のお役に立てるよう努めます。

友だち追加

YNSA創始者セミナーin宮崎

平成30年6月

念願だったYNSAの創始者セミナーに参加しました。

YNSA?
聞き慣れない方が多いと思いますので、詳しい説明はYNSA学会のホームページより引用させていただました。(下記)

http://ynsa-gakkai.com/about_ynsa.php

【YNSAとは、山元式新頭鍼療法の略称です。】

宮崎県の医師「山元敏勝」先生によって考案されたこの技術は、残念なことに日本ではあまり知られていませんが、世界ではすでに数千人の医師が実践する非常に有名な治療法です。脳梗塞・脳出血・麻痺等の中枢性疾患・腰痛・肩こり・膝の痛み・しびれ・めまい・耳鳴りなどの様々な疾患に非常に有効なことが、世界中で認められています。

YNSAの優れた効果は世界中で認められています。ドイツでは、整形外科を始めとして麻酔科、内科など多様な診療科の医師が実践し、ブラジルでは山元先生の名前を冠した病院がブラジル政府の国費によって建てられています。

YNSAは頭に(正確には頭皮に)鍼をさすことで治療します。頭皮鍼は中国では複数の流派がありますが、それぞれ反射区が違っており、また手技の修得も難しい事からあまり一般的ではなく、効果も治療者の技術によって差があります。

YNSAは、Made In Japanの鍼灸治療法として一貫した理論と実績があります。頭鍼と名がついているように頭に鍼をしますが0.25mmの非常に微細な鍼を使うため、痛みは、ほとんどありません。

以上。

というものです。

私は鍼灸師として様々な技法を習得してきたのですが、このYNSAは私が鍼灸師になった当初は医師や歯科医師限定のテクニックであったため、私も名前は知っていても習得することは出来ませんでした。

それから臨床の現場に入り切磋琢磨する日々、、。

YNSAの事は忘れているなか、どうしても結果を出せない症状もあり、自身の不甲斐なさを感じては治療法を模索することを数年続けていました。

私はYNSAと同じく頭蓋領域には早くから興味があり

鍼灸では中国式頭皮鍼

オステオパシーではクラニオセイクラル

という分野を学びました。

難病や難治化した傷病、、

脳血管疾患の患者様にもっと喜んでもらいたい、、

そして諦めないで欲しい、、

癒したい、、

そういう想いからか

このYNSAを思い出したのです、、、。

先ずはYNSAを書籍やネット情報で習得を試みましたがこれは不可能で、セミナーを検索すると鍼灸師の受け入れを始めていました❗

セミナーを受けるにも直ぐに募集が定員となるほど人気でなかなか取れなかったのですが、何ヵ月か掛けてようやく山元先生のセミナーの応募が出来ました。

実際に創始者の山元先生にお会いしYNSAを感じたい、という思いで参加しました。

宮崎の会場までの移動は正直大変でしたが行って良かった。

技術や臨床を間近で感じられた、、
それ以上に

山元先生の心を感じられました。

山元先生にお会いできて

医療人として

また一つ成長できたように感じました。

山元先生

ありがとうございました。

友だち追加

膠原病

膠原病の患者さんが経過をご報告下さった。

CRP 1.26→0.1
ステロイド20㎎→15㎎へ

3月にステロイドが25㎎→20㎎となり
今回の4月の受診で20㎎→15㎎(2週)+10㎎(2週)に😁

15㎎を2週行い終われば10㎎に減らして2週で次回の検査まで処方を受けているそうです。

頚肩部や顔の右半分にあった我慢できない疼く痛みが無くなり、生活がしやすくなったわ!

先生に会っていなかったらどーなっていたか!先生のお陰やわ!と喜んでおられました✨

まだこれからですが
ホント良かったですね☺️

友だち追加

料金はお幾ら?

ある施設の患者さん

患「失礼やけど先生に聞きたいことがあります。」

ちょっとドキッとして

私「どうかされましたか?」

患「ホンマ失礼で悪いんやけども、先生の治療は1回幾らですかいな?」

お金の事は管理をする方に任せているので本人も金額をお忘れになったよう。

私「◯◯さんにいただいている料金は1回3000円(実費)です。」

患「え〰️‼️そりゃ間違えとんと違いますか?」

私「安いでしょ?(笑)」

患「そりゃ驚きましたわ‼️先生ーもっと取ったら宜しいのに(笑)もっと取れまっせ!私もっと払いますけんども。」

私「いえいえ大丈夫ですよ。ここの訪問はお世話になっているケアマネの◯◯さんをはじめ、皆さんには開始時からの恩義がありましてね、それを利用者への治療でお返しするのが私に出来るお礼と思って訪問をやっているんですよ。」

患「は〰️先生の技術やったらもっと取れるのにすんませんな〰️。みんな高く買ってくれますのに、いやー有り難いことですわ。毎週楽しみにしてるんでこれからも宜しくお願いします(笑)」

私「こちらこそ有り難いことです。宜しくお願いいたします(^-^)」

私の治療代金は通院で1回5000円(実費)です。これも10年前から変わっていません。

訪問なのにこれより安い。
実はこの施設に限った事ではありません。

この施設までは
交通費だけでも往復2000円、移動時間は往復3時間半を使います。同日に数名診ますが、それでも利益優先に商売を考えるならば、近隣への往診や通院の患者さんを診る方が遥に利益率は高いし身体も楽でしょう。

でも私にとっては観点が異なります。

勿論、経営者として利益は大事だと思います。そうしなければ従業員に払えませんし福利厚生も充実しないと士気も低下する。なのでそういう部分は別で考えています。

私がこうしてやって来れたのは使って下さる施設や患者さんのお陰。何かの形でお礼と思い患者さんに還元しています。

そういう意識でいると、何かしら問題が生じても不思議と良いことが多く道が拓けることも少なくありません。

これから独立する人やした方々へ

SNSでは儲ける為の宣伝が多いので注意してください。

経営は利益だけではなく
心を忘れてはいけません。

謙虚で感謝の気持ちを大切に

とっても大切な事と思います。
これがあることが前提で
次に理論が必要になります。

コンセプト、専門性、ターゲット、料金体型、場所(エリア)、宣伝方法などです。

内容がそれてきたので
ではこの辺りで。

友だち追加

ピアノ

私、先日ピアノを購入しました。

数ヶ月前の事、たまたま昼食で寄ったお蕎麦屋さんの道路向かいにピアノ販売店があったので見るだけと思い行きました。

結構なお値段がするピアノが並ぶ中、私好みなピアノを発見。じーっと見ていたら、店員さんが試し弾きをしてくれたら、、、

その音がヤバイ❤️

惚れてまうやろ〰️ってネタの芸人さんがいますが、ホントそんな感じで、

暫く考えて買ってしまいました。

入店から30分くらいの出来事です。店員さんも決断の早さに驚きを隠せない様子でした(笑)

そして、先日が待ちに待った設置の日。まさか自宅にピアノを置くなんて自分でも驚きです。

、、、。

そして本日のこと、音楽が大好きな患者様に設置をご報告。その患者様は自宅にピアノを置いていて今は弾けませんが見ているだけで幸せなんだとか。

この写真を見せると、

「自分の事のように嬉しいわ。素敵なお買い物されましたね‼️」

と、とても喜んでおられました。

「お値段300万円するの?」(しません(^-^;)

「でも10年分のご褒美と思えば良いじゃないのー。」

と、いつの間にかお値段が300万円するピアノになってしまい、

患者様のテンションが上がっていたので、値段を訂正しても聞こえていませんでした。まあいいか、と思いそれ以上は何も言わず。

すると、話はいつしか戦時中の話になり、

患者様の時代のピアノは今以上に貴重な品で、弾く事が出来るのは学校だけだったそう。でも戦争があったので女学生時代の数年しか弾けなかったそうです。ピアノを弾くのが楽しかった想い出話を色々と聴かせて下さりました。

戦時中は音楽も日本のもの以外は聞くことが出来ず部屋を暗くして生活する毎日。

戦争が終わっても食べるものが無かったくらい貧しかったので、ピアノ(音楽)どころでは無かったんだとか。

23歳でご結婚されてから生活は少しずつ豊かになり、それから想い出のピアノを購入したんだそうです。かなり上手だったようで、ご近所からピアノを教えて欲しいと来るほどで、ちょっと自慢だったんだとか。

患者様は、

「何事もご縁。私とピアノの出会いと同じように、先生もピアノとのご縁があって出会ったのよ。そして、私と先生ともご縁があって出会ったの。私はとっても嬉しいわ🎵」

そう言いました。私もとても嬉しいですね(^-^)

「先生、次は音を聞かせて」

と言うので、

関西に帰ったら録音してきます🎵

と約束しましたが、

私はピアノを弾けません(^-^;

はてどうしよう。

友だち追加

私が治療家を目指した理由

私は鍼灸師です。

臨床に入っていると、
「先生は何で今の仕事をしてるんですか?」
と質問を受けることがあります。つい先日も。

その際は、「怪我をした経験がありましてね。」
と、軽く話を終えますが本当の所はどうなのか。

ちょっと長いんですが書いてみました。宜しければご覧下さい。

、、、。

私は、16年前に交通事故で右下腿両骨を開放性骨折をしました。

一瞬の出来事ですが、

私にはスローモーションで数秒のよう。
同じような体験をした方は分かりますよね?不思議な時間です。

ドン(ぶつかる衝撃)‼️

ゴリゴリ、、(骨が砕ける音)‼️

あ、ヤバイなこれは、、、。

電柱に、、ぶつかる、。

回避しないと、、(身体を捻る)。

が、ブロック塀は無理か。

ぶつかる、、、。

背中から落ちる。

折れた瞬間、(右下腿が)切断された!と感じました。

地面に倒れて足が後ろを向いていましたがズボンをめくり繋がっていると分かって少し安心した途端に激痛。痛みはあっても感覚が無いので、これは本当にヤバイと思いました。

自身に起きている状況が分かり、救急車へ連絡。そして父に事故ったと知らせました。

状態は、正しい医学用語では無いのですが、複雑骨折と聞くと分かり易いと思います。下腿の骨がバラバラになっている。そして、開放性とは骨が皮膚を破り空気中に出た状態です。開放性は菌が入るためややこしくって、傷口をゴシゴシ洗って抗生剤の投与が必要になります。

私の場合、骨を固定する手術の前段階に1度患部を洗浄するオペがあり、抗生剤の投与が1ヶ月続きました。その間はベッド上で寝たきりです。トイレも食事も。炎症反応が強くて疼痛と熱発で苦しかったのを覚えています。ロキソニンは効かないので、6時間おきに座薬を入れます。痛みが一時的に半減しその時は至福の時。でも3時間程度で効果は切れまた痛みの連続。

なかなか炎症が収まらないため、医師からは、骨が付かない場合は長引くと言われていました。

1ヶ月が経過した頃、炎症が収まってきて2度目のオペ。次は髄内釘(ずいないてい)というチタン製の1本の長い棒を脛骨の中に入れてボルトで固定します。

私には待ちに待ったオペでした。

やっとか。

オペは半身麻酔なので意識はあります。

カンコンカンコン

と、ハンマーの音と身体に伝わる振動が何とも言えない経験でした。

オペ後は麻酔が切れた翌日に医師が来て起きれるか?と言いますがムリムリ。ベッドから足を下ろすと鬱血し下腿部に激痛。車椅子に座っているのも痛い痛い。痛いとも言ってられないので気合いで立ちますが、筋力は低下し小鹿のように震えます。

そしてリハビリの開始。

リハビリは強烈な痛みの毎日で、痛みは脂汗が出るのを超越し笑いが出るほどで、その時私はMだと思いました(笑)

何だかんだで2ヶ月間入院しその後も通院で3ヶ月間リハビリ。だいたい半年で職場に戻りましたが、ある程度迄に回復するには1年掛かりました。

入院していた2ヶ月はとにかく痛みと睡眠不足の思い出ばかりです。でも、その時間があり自身について考えることが出来ました。

何でこんな目に合うのか?
きっと理由がある。
物事には必ず理由があって、
それに「気付き」があるか無いかだけなんだと。

このように、怪我と入院は理由がある。

理由が。

それは一体何だろう?

そしてその理由は業界に入るためなんじゃないか?と、漠然とですが思い始めました。入院し2ヶ月目くらいの事です。

入院中のリハビリで、理学療法士の先生に良くしていただいた事があり、入院中は理学療法士に興味を持ちました。担当してくれた先生に仕事について質問をし、学校の資料請求も何校か行いました。当時は資料請求も有料でしたから、今とは変わりましたね。

理学療法士になろうと思ったのですが、現実はそうも行きません。親には大学へ行かせてもらっていたのでこれ以上甘えることは出来ない。金銭的な援助を受けることは私には出来ませんでした。

当時の理学療法学科には夜間部は無く、またリハビリをしてくれていた先生に聞くと、仕事をしながらは(勉学についていけないのと実習があるため)無理だろうという事で半ば諦めていました。

退院してからも医療業界への想いが消えることが無かったので、自身で業界の職種について調べました。

私は当時の仕事の関係で、医療や健康情報には興味があり、民間資格の健康管理士の資格を持っていました。

ずっと勉強を続けていた健康に関する知識を生かしつつ、技術を提供し、私の様に様々な後遺症、痛みや不眠等に悩んでいる方へ何か出来ないだろうか?

そこであったのが、

鍼灸師(はり師、きゅう師)、マッサージ師、柔道整復師でした。

結果的には鍼灸師の先生とお話を出来る機会があり、鍼灸師を選択。

学校は関西医療学園のみ受験。
なぜか?

資料請求し読んだ内容で、
現在、関西医療大学教授の山本博司先生が書いたコメントでこうありました。

「患者様の心が分かる優しい医療人に」と。

シンプルですが、そこだと思ったからです。この先生の講義を受けたいと。

実際受けてとても良かった。後から知ったのですが、業界では有名人。(下記、山本先生)

http://www.kansai.ac.jp/course/teacher/medical/teacher26.html

学生時代は勉強は難しいというよりは面白かったです。学ぶ目的が明確だったので、学校以外に職場で修行は勿論、図書館通いもしましたし、数多くのセミナーにも積極的に参加しました。

鍼灸師免許を取得してからの方が大変。免許者の責任がありますし、実際の臨床では未熟な私にとって毎日が難しい勉強です。

それは今もですが、毎日が修行ですね。

私は入院した事や今の後遺症は仕事をする上で武器になっています。

経験することでしか感じられない事があり、それが私が受け持つ患者様の想いや感じている事に繋がるからです。

分かるので傾聴であったり声の掛け方、先生としての立ち振舞いも違ってきます。

「患者様の心が分かる優しい医療人に」

これ迄も、そしてこれからもこの初心を忘れず患者様の笑顔の為、皆様のお役に立てるよう努力を続けます。

友だち追加